2002年06月26日

2002年6月26日

親愛なるDavid Jensenに


今年もこの日がやって来たか、と思う。
春が終わって、けれど夏が始まる少し手前の
蒸し暑さと水っぽさの中途半端な季節。
今日も雨が降っていて、喪服代わりのスーツが
しわしわになる。3年前のこの季節に僕らは映画を撮っていた。
自作自演のへたくそな映画だけれど、七夕には大スクリーンで
何百人もの人間に見てもらえる。
そのために僕らはかなり頑張っていたし、泊りがけで
撮影ってのもざらだった。

3年前の今日も撮影日で、友人宅に泊り込みでがんばる予定
だった。ちんぴらヤクザ役の僕も自宅から湘南台駅に
向かっていた。

現場にいた友人達は、演技練習なんかをしていたのだけれど、
いつまでたってもBGMのCDをレンタルCD屋まで返しに行った
スタッフが帰ってこないことを、不安に思い始めていた。

そのうちに友人宅から数10メートル先の踏み切りに電車が
立ち往生し、サイレンの音が響き、帰ってこないスタッフ
の学生証が、電車の下から見つかった。

僕は大手町の駅で監督担当の友人から電話を受けた。
何を言っているのかよくわからなくて、最初は皆で
僕をからかっているのかと思ったが、そいつがふざけている
のではなく、泣きじゃくっているのだということに
気づいた時、僕はまともに立っていられなくなった。
どうやって家に帰ったのかも覚えていない。

彼の死因がわかったのは、警察の現場検証後だった。
59歳の鉄筋工のおっさんが、酔っ払って踏み切りの中に入って立っていた
のをCD屋の帰り道に通りがかった友人が偶然出くわしたらしい。
踏切をくぐって、何とか外に連れだそうとしていたところに小田急線の急行が
彼らの上を通っていった。

当時テレビや新聞でも報道されたが、今となってこの事件を覚えているのは、
彼の親族・故郷の友人・そして僕たちくらいのものだろう。

僕たちはいつものようにお墓を参り、湘南台の踏み切りに向かった。
湘南台4号。それはあの時とまったく変わらないどこの田舎にでも
あるような踏み切りだった。
数年前山手線で同じように韓国の学生と日本人が落ちた人を助けようとして
亡くなった事件の後には、緊急停止ボタンや非常用ステップが各駅に
装備されたが、それとは対照的に、未だに湘南台4号には何もされていなかった。
湘南台駅地下にコンビニが新しく増えようとも、これからも何もされること
はないのだろう。

踏み切りに映画サークルの当時の面々で手を合わす。当事者たちは、
皆それぞれ死にたくなるほどの悲しみを乗り越えている。
今更どれだけ悲しかったか、というような
話は誰もしない。わかりきっているし、しても仕方がないからだ。

踏み切りが下がり、カンカンという音が鳴る。カンカンカンカンカンカン。
僕は目をつぶる。電車のごおおという音が近く、近くなってくる。
彼はこのカンカンという音を、どんな思いで聞いたのだろう。
電車が通り過ぎた後で、僕は吐き気をこらえるので必死だった。

なんでこんなことを君に書いているのか、言っておかないといけないかも
しれない。君に伝えることで、僕の中で失っていくものを少しでも
繋ぎ止めておきたいからなんだ。あの時感じた痛み、思い、空気、僕が
感じたすべてを言葉にすることで、記憶の流れに錨を落としたい。
時間に追われる日々で押し流されてしまいそうになる、過去の様々な
フラジャイルな思いを、しっかりと抱えておき続けたいんだ。

僕はあの日から、彼の背中を追いつづけてきたような気がする。
彼は18歳から年を取らないけれど、いまだに僕は彼に追いつけていない。
僕だけ(あるいは僕たちだけ)が年を取り、彼の走り去る背中に手を伸ばそう
と、日々あがいている。

勇気という言葉にすると陳腐になってしまうのが悔しいけれど、
彼の見せた勇気の100分の1だって僕にあるだろうか。
きっと怖くてガタガタと震えたかもしれない。それでも踏み切りを
くぐった彼の心の中のどろどろが放つ光こそが人間の持つ光で、
それは僕の中にもあるはずで、けれど僕はまだその場所まで行けてはいない。
僕はただその後ろ姿を追いながら、彼に辿り着こうという行為そのものを
支えにして、日々戦っているようなものなんだ。

ああ、彼ともう一度で良いから話したい。死ぬ前に一度で良いから
彼に問い掛けたい。僕の人生は、君に恥じないものであったのだろうか、と。

踏み切りの中に走り去っていく彼の背中に、僕は永遠に問いつづけるのだろう。

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posted by 駒崎弘樹 at 23:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 昔の日記(過去blog倉庫) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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