2009年10月17日

労働組合と社会事業


労働組合のための調査情報誌「労働調査」からのご依頼で、小論文を書きました。
題名とは別に、基本的には、普段は全く関わりのない労働組合と事業型NPOの関わり合いの可能性が本旨となっています。

ソーシャルビジネスに縁遠い組合関係の方向けに執筆していますので、前半は基礎的な時代背景などですが、興味があればご覧下さい。

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社会起業家という働き方

皆さんはソーシャルビジネスという言葉を聞いたことがあるだろうか?ノーベル平和賞受賞者であるモハメド・ユヌス氏がその著書「貧困のない世界を創る―ソーシャルビジネスと新しい資本主義」で提唱する、新しいビジネスの形。訳せば「社会課題解決型ビジネス」。慈善ではないが、配当はしない。貧困をはじめとした人類が抱える問題にビジネスの手法で切り込む「ビジネス」。このソーシャルビジネスを立ち上げ、経営する人間が「社会起業家(social entrepreneur)」である。
日本において社会起業家として働く私が、新たな働き方としての「社会起業家」について本稿では論じていきたい。

・課題先進国・日本
われわれの住む国は、先進国だ。世界第二の経済大国であり、大戦後の貧困を超克し、先進国にキャッチアップした。しかしようやく登りついた山頂で見る景色は、蜜とミルクの採れる土地ではなく、荒地であった。世界最速の少子高齢化と、それに伴う社会保障の破綻。キャッチアップを支えた官僚内閣制が逆資産化し、新たな時代のビジョンを描けぬまま、失われていく四半世紀。労働人口減少下で重要になる労働生産性の低迷と、埋もれた資源である女性労働力を活用できぬままの状態。東京大学総長の小宮山氏はこの日本の状態を「課題先進国」と評した。バブル崩壊によるデフレ不況に世界に先駆けてさいなまれたように、急激な発展後の痛みを今、最前線で一身に受けているのが我が国の状況だ。
 しかし課題先進国というのは両義的だ。厄介な構造的問題に苦しめられながらも、われわれが問題解決することによって、これから山を登り発展し、そして荒地を見るであろう他の国々に対して、解決策を提示できるということを意味している。日本は自らの苦しみを耐え、解決することで、その解決モデルを世界に輸出できるのだ。我々はそうして人類に貢献しうる。

・ソーシャルビジネスという可能性
 では誰があり余る社会的課題に対して解決策を提示するのだろうか?政府か、官僚か。そのどちらも解ではない、とバングラデシュの経済学者、ユヌスは言い、政府の無策が目立つこの日本に住む我々も同意するのではないだろうか。この変化の早い時代に同等のスピードで走りながら解決策を考えられるのは、ビジネスしかない、と彼は言う。なぜか。彼自身が世界最貧国のかの地で、それを実証したからだ。
 貧しい人々に融資を行うマイクロクレジットを、読者の皆さんは既に知っているのではないだろうか。既存の銀行が相手にしない貧困層の個人。政府も見放しているそうした個人に僅かな額を貸し付けるモデルは98%を超える返済率を誇り、彼の会社であるグラミン銀行は立派に利益を上げた。その後彼はソーシャルビジネス・コングロマリットともいうべき、ソーシャルビジネスのグループ企業を立ち上げる。安価な通信サービス、グラミンテレコム。携帯電話サービス、グラミンフォン。医療サービスであるグラミンヘルスケア、食品会社であるグラミンダノン。「何のリターンもない寄付に毎年何百億ドル突っ込まれるのだから、元本は返ってくるソーシャルビジネスに、お金が流れないわけがない」とユヌスは叫ぶ。
 それに呼応するように、日本でもソーシャルビジネスは続々と誕生している。引きこもりやニートに、働く一歩を踏み出すスキルを教えるプログラムを展開しているNPO法人「育て上げ」ネット。大手企業に対し、大企業に障がい者を遠隔雇用してもらうことで、障がい者雇用を生み出すウィングル。こどもが熱を出した時に保育園は預からず、そのため子育てしながら仕事を続けることが難しいという病児保育問題を解決する(手前みそだが、私が経営する)NPO法人フローレンス。法人格はNPO、株式会社、LLCなど多様だが、それぞれ「事業によって社会課題を解決する」ということで共通する。

・社会起業家を目指す若者たち
 こうした社会課題を解決するソーシャルビジネスを立ち上げたいと思う社会起業家志望の若者が増えており、私の所にも毎週のように相談のメールが送られてくる。こうした動きをサポートするために、社会起業支援を行うNPO法人Etic.はNECと協働を行い「NEC社会起業塾」を2003年から立ち上げている。また、若手社会人が勤務先を休職・退職して半年間ソーシャルビジネスの場でインターンを行うという「次世代社会イノベータープログラム」を2009年に開始し、参加ハードルの高さにも関わらず、予想を超える多数の応募が集まったという。
 今なぜ、社会起業家という働き方が、若者たちにとって大きな魅力となっているのであろうか。現在29歳である私のライフヒストリーを交えてお伝えしたい。

・高度成長幻想の終焉
 1979年生まれの私は、80年代後半に中学校受験のために四谷大塚や日能研に通っていた。そこでは必勝のハチマキをした小学生に、塾の先生が語りかけていた。「君たちが一生懸命勉強して良い中学校に入ると、良い中学校と良い高校は繋がっていて、6年間エスカレーターのように上に進める。良い高校に行けた皆は、大学受験も有利だから良い大学に行ける。良い大学に行けたら良い会社に勤められて、良い人生が送れる。だからこそ、今ここで頑張って良い中学校に入ることが重要なんだ!」と。
 その言葉を信じ中高一貫校へ行ったのだが、中学校で阪神大震災、高校に入ってすぐに地下鉄サリン事件という大きく、そして象徴的な事件を味わう。自分達が通学でいつも乗る電車に毒薬を撒く人間達は、日本を代表する大学を卒業した人たちであった。「頑張って勉強して東大に入れ」という先生の言葉は一気に色褪せた。自分の姉が東灘区で被災したが、地震が来れば高速道路だろうと高層マンションだろうとへし折れる。豪華な家も倒れてしまえば自分に襲いかかる凶器になる。小学校の時に教えられた価値観にひびが入る。
 加えて高校の時から援助交際ブームの走りとなったブルセラブームが始まる。同年代の女友達たちが急速に商品化していき、大人とお茶したりカラオケに行って小遣いを稼ぐようになってくる。自分の娘くらいの少女とカラオケ行っている大人の名刺を見せてもらうと、いわゆる「良い会社」だったりする。そんな良い会社に行く大人たちも、流行語になった「リストラ」ブームでバンバンと首を切られ、同級生の友人たちの親たちも例外ではなく、学校を去った友人たちも何人もいた。
 「良い学校を出て良い会社に行くと良い人生が送れる」というのは、完全なる嘘であった、と確信するようになった。嘘と言うのがきつい言葉であるならば、かつてはあったかも知れない遺跡のようなものになったのだ、という思い。この高度経済成長を支えてきただろう立身出世幻想を味わった最初の世代が、僕たちいわゆるロストジェネレーション世代であろう。
 今日よりも明日が良くなり、それは単純に努力したり勉強して良い学校や企業に行くことによって達成される、というシンプルな図式への懐疑は、私達より下の世代にはもはや一般的なものになる。大学の頃塾の講師として10くらい年の違う中学生を教えていた時のこと。社会の時間に「これから日本が良くなっていくと思う人」と手を上げさせた時に、思わない子どもたちの方が圧倒的多数であった。
 私の世代に話を戻そう。79年生まれの私の5つくらい上の層には、日本のITベンチャーブームを牽引した方々がいる。既存の「大企業で出世=幸せ」の価値観を否定、黎明期であったインターネットにその方向性と可能性を見出し、ITベンチャーを設立し、大企業に挑んでいった。しかし結果としてはITバブルの崩壊と有名経営者の逮捕、いわゆる「ホリエモンショック」によって、革命の火は消される。
 少し上の世代の挑戦と挫折を見て私たちの世代は思う。ITによって既存の価値観に戦いを挑むのは良い。けれどそのゴールが株式公開やIT長者になることなのか。マンションを買ったり外車に乗っても、本質的には満たされない。何が良い人生なのか。
 さらに09年のリーマンショックから始まる金融恐慌により資本主義の脆弱さも露呈され、資本主義の中で金だけ稼いでいるだけじゃダメじゃないか、という意識もかぶされる。私達はオルタナティブな資本主義を構想しなくてはいけない。それは地域や社会というものを破壊しない、そして我々一人一人の人生に、本質的な豊かさを与えてくれるようなものであるべきだ。
 こうした心象風景の中、ソーシャルビジネスを立ち上げる社会起業家を目指す若者が増えているのではないだろうか。資本主義のアンチではなく、資本主義を使って資本主義を超克する営みとしてのソーシャルビジネス。そしてIPOを目標に企業を大きくしていく起業家の姿ではなく、社会問題の解決をゴールに置く社会起業家と言う存在。これらの発想が、私達を包んで激流のように流れるこの時代の文脈の中で、ある種の光を放っているのではあるまいか。

・社会起業家という働き方の難しさ

こうした社会起業家というキャリアへの情熱が社会的に高まっていることは事実だが、社会起業家として食っていくことの難しさも、また事実である。起業家として食える人が多くはないのと同程度、あるいはそれより少なく、社会起業家として食える人もまた少ない。その理由はシンプルだ。通常の営利企業と同様に、社会起業においてもお金が「回って」いかなくてはならない。事業として成立させる、というのは簡単なことではない。加えて営利企業よりも大変なのは、それが「そもそも儲かりづらい領域」であることだ。もし儲かりそうな領域であれば、とっくに営利企業が進出している。ゆえに、儲かりづらそうな、言葉を変えれば市場原理に乗りにくい領域(保育、教育、障がい者福祉、ホームレス支援、ニート・フリーター支援等など)においてお金を「回って」いかせるようにする、ということで最初から既に難易度が高いのだ。
 また更に、日本特有の問題がおれに折り重なる。日本では寄付税制が存在しないと言っていい。(厳密には存在するが、大変脆弱。)ゆえに寄付金を集めづらい。欧米であれば多くの社会起業家は「志のお金」である寄付を企業や個人から大規模に集めることが可能だ。企業や個人は寄付を経費として処理でき、税金として持っていかれる額を少なくできる。寄付したい人と集めたい人が双方嬉しい仕組みが税制として存在しているが、日本では長き中央集権体制の名残から「税金は全て中央に集め、中央に配分する」という仕組みから抜け出ていない。NPOやソーシャルビジネスに寄付は集まりづらく、官が先細るにも関わらず、それを代替し強力な社会サービスを営む社会起業家の活躍を支援する仕組みもない、というお寒い状況である。

・労働組合との連帯の可能性

大きな借金を抱えた政府は、省庁と外郭団体のムリムラムダを徹底的に削り取っていく中で、社会起業家とソーシャルビジネスと連帯し、よりよい社会サービスを国民に提供していくべきであろう。しかしそれと同時に、労働組合もまた社会起業家と連帯できるはずだ。
 グローバル競争による競争圧力によって正規・非正規の切り分けを象徴とする雇用環境の流動性向上は、多くの格差を生んだ。しかし連合を始めとした労働組合の主張のように、派遣労働の禁止をすれば事態が改善する、といった単純な図式ではないことは明らかだ。かつてのように企業が中間団体として従業員の人生と福祉を丸抱えできた時代には戻り得ない。企業においてある程度の流動性を保持しながらも、しかし病気や解雇によって失業されても生きていける、学び直せる、という強固なセーフティがある社会に転換していかなくてはいけない。デンマークで採用されているフレクシキュリティ(フレキシビリティ(柔軟性)とセキュリティ(安全)の合成語)政策である。
北欧諸国においては高い税率においてこうした政策が可能だが、税率の安い日本で同様の政策を取ろうと思った場合に、政府だけの力では実現不可能だ。行政よりも安いコストで、しかし行政よりも高いパフォーマンスの事業者が大挙して存在しなければ、こうした政策は絵に書いた餅になってしまう。
 労働組合にとっても、社会起業家とソーシャルビジネスの勃興は意味とメリットがあるのだ。企業への団体交渉だけでなく、数十万・数百万の個人が繋がる労働組合というプラットフォームが、社会起業家を生み出したり、支援したりすることで連帯していく可能性はいくらでもあるだろう。企業や国が弱体化していく今、要求から創造へと舵を切っていかねばならないのではないだろうか。
 労働人口は2050年には現在の80%になっていく中、労働組合に参加する人々の数も右肩下がりだろう。しかしそこに豊かな保育サービスがあれば、これまで埋もれていた女性の労働力が労働市場に参入し、労働人口の減少を緩やかなものにすることができる。子育てと仕事の両立が可能な社会になれば、労働人口の減少に歯止めをかけられるかもしれない。減りゆくパイの取り合いをするのではなく、パイの拡大に労働組合の力を使うことはできまいか。大きな組織力と集まるお金やノウハウを使って、社会起業家をインキュベートし、支え、飛び立たせてほしい。そうして働く人々に必要不可欠なサービスを生み出すよう、背中を押してほしい。社会起業家と言う働き方を支えられる可能性を、本稿をお読みの読者もまた、間違いなく持っているのだ。


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当記事はNPO法人フローレンス代表理事 駒崎弘樹の個人的な著述です。
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posted by 駒崎弘樹 at 15:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 業務日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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