といっても、近視矯正、レーシックです。
そういうわけで、ちょっと体験記風に。
フローレンスの立ち上げを一緒にやったインターンの子が
神戸クリニックというところに転職し、かなり重要な仕事を任されて
いる、ということを聞いて、嬉しくなってついノリでやってしまおうと。
ちなみに両眼とも0,3くらい。まあそんなに悪くなかったのですが、
ワンデーコンタクトは毎日つけていたんです。
コンタクトも慣れれば別に良いのですが、いつもあるニュースを見る度に、
不安になってたわけです。
そう、地震のニュースです。地震。
地震になって逃げ回ったり避難所生活を送ることになったら、
いちいちコンタクトなんてつけてられないっしょ、と。
自分が不便するのはまだ良いけど、身近な愛する家族やらを救えない
のは、とっても嫌だなぁと。
姉が阪神淡路大震災に被災して苦労したので、地震は全然他人事じゃなく、
おそらくわが身にも降りかかることとして、認識しているタイプの
人間なわけです。
そんなわけで、これも何かの縁で行って来ましたよ、神戸クリニックに。
初回は検査と説明をしてもらって、次の回で手術。
手術とは全然関係ないけども、乙葉が手術受けた、と聞いて、
聞き返しましたよ。「乙葉いないの?」と。
秘かに好きなんですよ。はい。
そんなことは置いておいて、肝心のレーシックなんですが、
普通だったらiLASIKっていう進んだ、しかもその日に見えるように
なる、っていう便利なコースでやるのですが、僕は元ボクサーかつ
今度またジムに通いだそうかなと思っている「顔面強打の可能性アリ」
な患者なので、エピレーシック、という「顔面強打OK」コースを
受けることに。
サッカー選手とか格闘家が受けるタイプの手術なので、社員からは
「もやしっ子の代表がなんで?」
といぶかしがられましたが、違いますよ、僕は元ボクサーなんです。
97年アメリカのワシントン州タコマトーナメントで55キロ級で
優勝したのです。
相手は二人しかいなかったけど。
さて、そんなことも置いておいて、手術なんですが、これが本当に
びびりました。なんせ、目ですよ。目。
体の他の部分は触られてもまぁ、まずくないですけども、目は例外。
自分以外の人が触ったことのない場所です。
そこをあろうことか、切ってまうなんて!
そんなことで、思いっきり落ち込んだのですが、
元インターンくんがわざわざ休日なのに出社してくれて、
付き添ってくれました。なんて優しい男だろうか。

手術前完全にビビッて笑顔が張り付いています。
担当の看護師さんも、ものすごい美しい方で、これはもしかしたら
僕はVIPコースの待遇を受けているのではないか、でかしたインターン!と
緊張しつつも悪い気持ちがしませんでした。
勘違いでしたが。
それでついに手術室に行ったんです。そして始まったんです手術が。
そしたら5分くらいで終わったんです。
わけの分からぬまに、痛いとか何だか感じる前に、まあ何か押さえられて
怖いなぁ、くらいな間に、終わっていたんです。
相当びびっていて、顔面蒼白になっていたらしく、なぜか看護師さんが
手を重ねてくれて、大丈夫ですよー、と声をかけてくれていました。
なんていうホスピタリティ!もしかして僕のことが好きなのかも!?
と思いました。そうに違いない。いや、ないけど。
さて、それから3日間は静養です。初めはなめていて、土日で治るかなー
くらいだったのですが、上皮細胞が再生するまで3日くらいかかり、
それまでは外に出るとまぶしすぎて家の中でひっそりと暮らしました。
会議も電話会議。社員としてみたら
「まぶしい?はぁ?意味わかんないよ。」という感じで相当ブーイング
だったのですが、まぶしすぎて携帯が見られなかったんだもん。
ごめんなさいー。
iLASIKだったらもっとライトだったらしいのですが、さすが格闘家用
コース、3日間働けず、しんどかったっす。
でも、4日目以降、視力も1,2になり、これから1ヶ月くらいかけて
1.5に向かっていくそうで、とっても快適。
裸眼で見える、って何て素晴らしいんだ!!と日々思う毎日です。
更にこれで乙葉に会わせてくれたらもっと素晴らしいのに、と思う
毎日です。
はい、駒崎弘樹、レーシック体験談でしたー。
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当記事は、NPO法人フローレンス 代表理事駒崎弘樹の個人的な著述です。
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